横浜市立中学校跳び箱事故・訴え提起

2021-06-26

https://www.kanaloco.jp/news/social/article-549658.html ←訴え提起の記事

https://digital.asahi.com/articles/ASM4V6475M4VUUPI004.html  ←事故についての特集記事

https://www.kanaloco.jp/news/social/entry-32318.html  ←調査報告書公表に際しての記者会見記事

https://www.kanaloco.jp/news/government/entry-13976.html  ←事故当時の記事

2017(平成29)年5月11日,横浜市立中学校2年生体育の跳び箱の授業において,男子生徒が開脚跳び(いわゆる普通の跳び方)の際に腰が高く上がりすぎてマット上へ頭部から落下し,頚髄を損傷して肩から下が自由に動かせなくなるといった高度障害を負いました。

この事故は跳び箱を担当した体育科教諭の過失によるものとして,横浜市に損害賠償を求める訴訟を,本年6月22日,横浜地方裁判所に提起しました(令和3年(ワ)第2406号事件)。

実は,開脚跳びでは,死亡・高度障害を含めたくさんの事故が起きています。しかも,昭和42年には横浜市立小学校にて開脚跳びで頭部からマット上に落下し死亡するという事故が起きています。

ところが,担当教諭は,「このような落下事故が起きることは全く思っていなかった」ということで,こうした事故への対策をとらないまま,ただやみくもに生徒たちに開脚跳びと台上前転を跳ばすだけという指導をしていました。

すなわち,担当教諭は,元々器械運動が苦手な上に体格が急成長し特に体重が急増した(1年時身長168.6cm体重80.5kg→2年時身長173.0cm体重92.1kg)ため
① どのような体の使い方をすればよいのかイメージをもつことが難しく,
② 腕力で身体を支えることが困難で,
③ 事故発生時の衝撃が大きく,
④ 前時では開脚跳びでは台上に座り込んだり,台上前転では横に落ちて失敗することがあった
という男子生徒に対し,
⑤ 技能に見合った指導で能力をつけることもしないまま,
⑥ 当日の「ウォーミングアップ」として,
⑦ 補助なしで,
⑧ 頭部から落下し重傷を負う危険につき注意を喚起せずに,
⑨ 本人が前時に失敗した開脚跳び,台上前転を,
⑩ 跳躍力が強いロイター板(高さ22cm)と,体格に比し低い跳び箱(5段=90cm)を用いて,
⑪ 開脚跳びと台上前転を同時に取り組むよう指示したというものでした。

特に⑪については,2015(平成27年)に文部科学省が作成した「指導の手引」には「回転系(例:台上前転)を先に取り上げると,切り返し系(例:開脚跳び)の学習の際に回転感覚が残っていて事故につながることがありますから,切り返し系を先に取り上げるようにします。」と明記されているにもかかわらず,担当教諭は台上前転→開脚跳びの順が生じうる指示をしていました(例と太字は小池)。                                                                           今回もしも,せめて生徒の頭部が台上前転を跳ぶときのように下を向いてさえいなければ=本来の開脚跳びのように顔が前を向いていれば,マットに頭から突っ込み高度障害となるような事故は避けられたと思います。

また⑩についてみると,股下約80cmである本人にとって,跳び箱の高さが,90cmからロイター板の高さ22cmを引いた実質68cmとなると,跳び箱に手をついたときかなり前のめりになります。                              ましてやロイター板で跳べば,着手したときにはさらに腰は高くあがっています。                                    試みに,前に跳び箱があるつもりで,前傾していってみましょう。                                          手のひらが股下30cm程度までいけば,かなりつんのめりそうになってきます。                                           このとき助走で前方へ向かう力が発生していて,しかも台上前転同様に頭が下向きだったら,マットに頭から突っ込むはずです。

これだけ多数の危険=腰が上がり頭から突っ込む危険を重ね合わせるような指導をしていたら,重大事故の発生はある意味時間の問題だったのではないでしょうか。

こうした話をすると「それなら跳び箱をやめろというのか」という議論をする方がおられたりしますが,私はそのようなことをいうつもりはありません。                                    跳び箱をやるなら,苦手な子や危なっかしい子(①②③④)に対しては                     A 別メニューの予備運動をさせ(⑤⑨)(「横浜版学習指導要領」にもこのへん詳しく載っています),                                                B もし開脚跳びの試技をさせるなら,   (a) 予備運動を十分させた後で(⑥)                                   (b) 頭から突っ込まないように例えば顔を前に向くよう注意し(⑧)                                     (c) 落ちる衝撃を和らげるため補助をつけ(⑦)                                                C 危ないだけで教育的意義のない指導をしない,すなわち,                                        (a) 低い跳び箱でしかもロイター板を用いたり(⑩)                                   (b) 開脚跳びと台上前転を混ぜる(⑪)ようなことをしない                                               といった指導がなされれば(これらのうちいくつかでも実行されていれば,せめて⑩⑪のような危ない指導がなければ)本件のような事故にはならなかったと考えています。これらはそんなに無茶な要求とは思えません。

跳び箱の授業については,「向山式跳び箱指導法」(賛否はともかく)などを含め,長年にわたり工夫を重ねた実践が多数なされてきました。その中で,跳べなかった子が跳べるようになり,挑戦することや前向きに生きることを学べた児童生徒もいることでしょう。

したがって,私は,跳び箱廃止論に現時点では賛成するつもりはありません。

ただし,それには体育科教諭のたゆまぬ研究=体育科教諭が(ア)現時点で可能な限り最善の死亡・高度障害を防ぐ措置,(イ)生徒に成功体験を味合わせるための指導方法についてたゆまず研究を重ねることが前提です。
なぜなら,(ア)死亡・高度障害があればいかなる教育実践も無意味(というより害悪)ですし,(イ)生徒に成功体験を味合わせることができずに失敗体験の上塗りと衆人環視の中での屈辱を味合わせるだけならそのような教育実践も無意味(というよりこれも害悪)だからです。

たゆまず研究を重ねてきた多くの先生方からすれば,今回のような実践は,おそらく許容しがたいものでしょう。

安全に関する科学的知見や事故の経験に学ぼうともせず,ひとたび事故が起きれば「このような落下事故が起きることは全く思っていなかった」「原因は分からない状態だ」などと弁解するような教諭のあり方は,今回の事故・訴訟もひとつのきっかけとして,なくしてほしいと思います。                                                                          

本件は必ず勝たなければならない事件と思っています。ひきつづきご注目いただければと思います。(小池)

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