「ベトナム戦争 フィルムの若者を捜して」または同時代であること
NHKBS1をみていたらアジアインサイトで40年以上前に出征する兵士を探すという番組があった(ベトナム戦争 フィルムの若者を捜して)。1971年、北ベトナムハノイ近くの村で17歳で軍隊に入隊した人の行方を探す番組である。40年以上前のフィルムを見せて、どこの場所で、誰なのか探す。当時、放映された番組は戦略上、場所を特定しない配慮が施されていて、なかなかわからない。苦労の末、フィルムの若者が現在61歳になった元兵士が郷里に帰って生活していることを発見し、インタビューする。元兵士は生きて帰ることはないと考えていたという。しかし、生きて生還することができた。家族は皆、彼が死んだものと考えており、生きて村に帰ったとき、皆大喜びであったことなどの思い出を語る。出征の時に見送った妹のすがたがフィルムに映っており、40年後のその妹が当時兄が出征していくことの切なさを語った。彼の弟は戦死して、行方不明であったのだが、数年前に墓が見つかり、葬式を行った。村の英雄の帰還である。20年くらい前に元兵士は交通事故に遭い体が不自由になった。体に麻痺が残り、ややろれつがまわらない。祖国のために命を懸けて闘ったことをみじんも感じさせない静かに暮らしている市井の人である。
同じ時期に出征して2年目で戦死した兵士の話もあった。テレビチームは兄弟を探し出してインタビューする。なかなか自分の兄弟であることがわからず30分くらいパソコンの画面とにらめっこをした末、自分の兄弟に間違いないといって涙ぐむ。もう40年前のことで戦争のわだかまりはなくなったと一人の兄弟がいえば、いや俺は違うともう一人の兄弟がいう。戦争は終わっていないと思う。皆、当時のフィルムをみて40年前のことを思いだして感慨にふける。若くして死んでいった兵士のことを思い出し涙する。太平洋戦争あるいはそれ以前の戦争で残された遺族の悲しみは多く見分する機会があったが、自分と同世代の人間の戦争の経験を聞くのは多くない。
1971年で17歳といえば私と2つ違いである。ほぼ同世代の人がベトナムで命を懸けてアメリカの影響下の南ベトナム軍と戦った。そのことの重みを思う。当時も今も日本はアメリカと同盟関係にあり、日本はアメリカのベトナム戦争遂行に貢献してきた。私はその日本で当時も今も平和に暮らしている。こんな馬鹿なことがあるかと思う。ベ平連その他、当時、ベトナムの平和のために運動をした人々の熱い想いを思った(山森)。