藤沢で使用されている育鵬社教科書にはこんな問題が…④改正教基法に最も適合?7/28加筆

2015-07-28

今年2015年は,4年に1度の中学校教科書採択の年。
藤沢市の教科書採択も,いよいよ明日7月29日に迫っております。

 育鵬社の教科書を支持する方々からは,育鵬社の公民教科書は,改正教育基本法や新学習指導要領に最も適合すると主張されることがあります。
 育鵬社自身もホームページで「教育基本法に最も適った教科書ができました」としています。
 これに対しては,自由法曹団意見書「弁護士からみた育鵬社の公民・歴史教科書の問題点~育鵬社の教科書もいいかな,と考えている方へ~」第2章の1「育鵬社公民教科書は,教育基本法,学習指導要領の趣旨に反します」にて,最も適合するとはとてもいえない旨を説明しておきました。
 ただ,スペースの制約上,政府の立場等の引用をカットせざるをえませんでした。
 そこで,ここでは,スペースにあまりとらわれずに,政府の立場等を十分引用して説明したいと思います。

1 育鵬社公民教科書は,教育基本法,学習指導要領の趣旨に反します
(1)教育基本法,学習指導要領の内容
 改正後の教育基本法も「平和で民主的な国家及び社会の形成者」としての国民の育成を教育の目的としていることには全く変わりはありません(教育基本法第1条)。
 そして,日本の平和主義,民主主義の基盤が日本国憲法にあることはいうまでもありません。
 中学校学習指導要領社会科公民的分野ではこれを承けて「日本国憲法が基本的人権の尊重,国民主権及び平和主義を基本的原則としていることについての理解を深め」る,「日本国憲法の平和主義について理解を深め,我が国の安全と防衛及び国際貢献について考えさせるとともに,核兵器などの脅威に着目させ,戦争を防止し,世界平和を確立するための熱意と協力の態度を育てる」等を内容としています。
 ここでの「理解を深め」「熱意」といった表現は,学習指導要領の中では最上級のものといえます。
(2)原則よりも「例外」を強調=基礎基本の軽視
 ところが,育鵬社公民教科書は,日本国憲法の基本的原則よりも,その原則との関係が問題となる,いわば「例外」的な内容を強調し,原則の取り扱いが不十分となっています。すなわち,
①国民主権の単元において,国民主権の原則よりも「例外」的な天皇制が強調され,
②平和主義の単元において,平和主義の原則よりも「例外」的な自衛隊,日米安保条約が強調され,
③基本的人権の尊重の章において,「例外」的な公共の福祉につき広範な解釈がなされるとともに人権制約の必要性や義務が強調され
ています。
 これは,上記(1)の教育基本法,学習指導要領の趣旨に反するものというべきです。
また,「基礎的・基本的な知識・技能の習得を重視」するという文部科学省の「学習指導要領改訂の基本的な考え方」にも反するものです。
(3)平和国家としての歩みにふれていません
ア 平和国家としての歩みとこれに対する評価
 2014(平成26)年7月1日の閣議決定「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」は,集団的自衛権の行使を容認した閣議決定として報道されていますが,同閣議決定は冒頭において次のように述べています。
「我が国は、戦後一貫して日本国憲法の下で平和国家として歩んできた。専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、非核三原則を守るとの基本方針を堅持しつつ、国民の営々とした努力により経済大国として栄え、安定して豊かな国民生活を築いてきた。また、我が国は、平和国家としての立場から、国際連合憲章を遵守(じゅんしゅ)しながら、国際社会や国際連合を始めとする国際機関と連携し、それらの活動に積極的に寄与している。こうした我が国の平和国家としての歩みは、国際社会において高い評価と尊敬を勝ち得てきており、これをより確固たるものにしなければならない。」
 日本国憲法の平和主義の下,戦後70年間平和国家として歩んできたことについては,上記閣議決定を含め,わが国において概ね肯定的な評価がなされてきたものといえます。
 教育基本法,学習指導要領が上記(1)のような内容となるのは,この点からも当然でしょう。
イ 育鵬社公民教科書における平和主義
 ところが,育鵬社は平和主義については次のように記述するにとどまります。
「第二次世界大戦に敗れた日本は,連合国軍によって武装解除され,軍事占領されました。連合国軍は日本に非武装化を強く求め,その趣旨を日本国憲法にも反映させることを要求しました。
 このため,国家として国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄し,「戦力」を保持しないこと,国の「交戦権」を認めないことなどを憲法に定め,徹底した平和主義を基本原理とすることにしました。国民に国防の義務がない徹底した平和主義は世界的には異例ですが,戦後日本が第二次世界大戦によるはかりしれない被害から出発したこともあり,多くの国民にむかえ入れられました。」
これ以上には,憲法の平和主義のもつ意義にも,わが国の平和国家としての歩みにも,全くふれていません。
そればかりか,わが国の国際平和の分野での直接的貢献については,自衛隊の活動以外取り上げていません(間接的貢献としては,国連への人的財政的貢献,ODAは挙げられていますが。)。
 むしろ,国際的な緊張を強調した上で,平和主義の項の直後に憲法改正の項を置くなど,憲法第9条を邪魔者扱いしていると理解することも可能です。
 育鵬社公民教科書の扉には「現代日本の課題について」ということで14枚の写真が掲げられていますが,そのうち3枚は領土問題(北方領土,竹島,尖閣),1枚は拉致問題,1枚は自衛隊の南スーダンPKOです。仮に国際的緊張が「課題」のひとつであったとしても,偏りは否定できないでしょう。
 非核三原則も注釈として小さく取り上げられているのみです。
 学習指導要領に「核兵器などの脅威に着目させ」と明記されているにもかかわらず,核兵器の脅威については,具体的には何も論述されず,写真もありません。
 軍縮に至ってはその単語すらなく,核拡散防止条約については五大国による「核兵器の独占」,包括的核実験禁止条約については「発動にいたっていません」,生物化学兵器の禁止については「未締結の国や違反が疑われる国があり」と,否定的な態度が目立ちます。
 防衛力のみに偏った育鵬社教科書が,教育基本法や学習指導要領の趣旨に反することは明らかです。
(4)愛国心そのものを教え込もうとしています
ア 愛国心と教育基本法・学習指導要領
 一方,教育基本法第2条第5号は「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。」としており,これを承けて中学校学習指導要領社会科では「目標」の一つとして「国際的な相互依存関係の深まりの中で,世界平和の実現と人類の福祉の増大のために,各国が相互に主権を尊重し,各国民が協力し合うことが重要であることを認識させるとともに,自国を愛し,その平和と繁栄を図ることが大切であることを自覚させる。」を挙げています。
 一方,育鵬社版公民教科書は,愛国心について「国民をひとつにまとめる何か共通のものを軸にした『われわれ』という意識や国家への帰属意識,国の名誉や存続,発展などのために行動しようと思う気持ち」と定義しています(180頁)。その上で「この愛国心が,多様な人々をひとつの国民へとまとめる重要な役割を果たしています。」(180頁)「国家としての一体感を守り育てることは大切であり,そのためにあらためて国民の祖国への意識が必要となるのです」(181頁)と記述して,愛国心を持つよう誘導します。
イ 愛国心教育についての政府見解
 2006(平成18)年の教育基本法改正に際し,国会審議においては,戦前のように国を愛する心を強制するのではないか等,愛国心教育についての危惧が再三にわたり表明されてきました。
 これに対して政府は,
「戦前の,この愛国心という言葉の下で個人の尊厳が破壊されていた戦前に戻るなどということは,我々は毛頭考えておりません。」(平成18年11月29日 参議院教育基本法に関する特別委員会那谷屋正義議員の質問に対する伊吹文明文部科学大臣)
等答弁して危惧の払拭に努めるとともに,国を愛する態度の養い方として,
過去の歴史で我が国が、例えば中国の元朝からどういう攻撃を受けたときに、我々はどういう対応をしたか、また秀吉の時代に朝鮮半島にどういう行為をしたか、そういうことをいろいろ反省をしたりあるいは検証をしたりしながら今日に至っているということを子供に教えていく。そして、そのことが結果的に、日本の国土と、そこで営まれてきた文化、伝統、そういうものに対する尊敬をつくり上げていく、そういう指導要領にぜひしたいと思っております。」(平成18年11月15日 衆議院教育基本法に関する特別委員会河村建夫議員の質問に対する伊吹文明文部科学大臣答弁)
「歴史的な事実を教える、積み重ねることによって、今先生のおっしゃったような、結果的に国を愛する態度が養われてくると。であればこそ、今回の教育基本法の改正をお認めいただければ、この教育基本法の理念に従って学校教育法を改正し、学校教育法に付随する学習指導要領である告示を変えていくということになるんだと思います。」(平成18年11月22日 参議院教育基本法に関する特別委員会北岡武二議員の質問に対する伊吹文明文部科学大臣答弁)
等,事実を教えることを積み重ねることで国を愛する態度を養う旨を再三にわたり答弁しています。
 さらに政府は,
「具体的に愛せ愛せと言えば愛するかというと、そういうものではないわけでございますので、そういった教え方をするようなことはないと思っております。また、そういったことのないように指導もしていくつもりでございます。」(平成18年6月5日衆議院教育基本法に関する特別委員会保坂展人議員質問に対する小坂憲次文部科学大臣答弁)
として,愛国心そのものを教え込むことについては,否定的な見解を表明しています。
ウ 学習指導要領の「内容」に愛国心の理解はありません
 だからこそ,中学校学習指導要領社会科公民的分野においては,上述のとおり「目標」の部分には「自国を愛し」との文言がありますが,「内容」の部分には「愛国心を理解させ」といったものは存在せず,愛国心そのものを教え込むことは全く予定されておりません。
 それゆえ,今回(2014年度)検定を受けた公民教科書の中で,育鵬社を除き愛国心そのものを取り上げたものはありませんし,その育鵬社にしてみても前回(2010年度)検定を受けた公民教科書では愛国心そのものを取り上げてはいませんでした。
愛国心,それも偏狭な愛国心そのものを教え込もうとする今回検定の育鵬社公民教科書は,教育基本法,学習指導要領の趣旨に反するものです。
エ 愛国心の在り方は人それぞれ
 なお,仮に歴史的事実を教えることによる愛国心教育を是としても,愛国心の在り方は人それぞれというべきです。
 安倍晋三内閣総理大臣も教育基本法が改正された際の国会論議において、教育基本法第2条第5号にいう国を愛する態度を涵養することの意味について次のとおり答弁しています(衆議院教育基本法に関する特別委員会2006年6月5日)。
「国を愛する態度を涵養していく、あるいは国を愛する心でもいいんでしょうけれども、それはどういうことかといえば、日本という国の歴史や文化や伝統に対する知識を深めていく、そして自分をはぐくんできた郷土であり、そしてまた、それは文化、歴史の連続性の中にあるわけでありますから、それを総体的に、自分はその一部の中ではぐくまれてきたという認識のもとにいとおしく思っていく、そしてその中で、もっとその地域をよくしていきたい、その国に住む人たちに連帯を感じ、そういう同じ国に住む人たちのために力になっていきたいという気持ちではないだろうか、そして、そういう行動をとっていく人たちのことを愛国者と呼ぶのではないかと、こう思うわけでございます。ですから、それは人それぞれなんだろうというふうに思いますし、その発露の仕方はいろいろあるんだろうと、このように思うわけでございます。」
 「愛国心」の在り方は人それぞれであり、「愛国心」に基づく行動の仕方も人それぞれであるはずです。「愛国心」について特定の定義づけや方向づけをするのは馴染まないし、むしろそのようなことをしてはならないというのが、「愛国心」教育に関する通常の理解であるといえます。
 日本が先の大戦を反省し戦後は戦闘で一人も殺していないこと,核兵器使用が悪であることを世界に知らしめ一発の核兵器も実戦使用させていないことなどに,誇りをもってもよいのではないでしょうか。
 あるいは,悪いことをしたらごめんなさいと素直に謝るというのは,現在も相当数の親が子に教えていることでしょうし,そうした態度をとれば相当数の親は子をしかりつつも,その部分は評価することでしょう。「悪いことをしたけれどもそれほど大したことではない」といった態度は,日本の美徳というものがあるとしたら,おそらくそれにも反することだと思います。
 伝統文化に立派な説明文を付し,戦争加害の事実にふれないことばかりが誇りをもたせる手段ではないはずです。
 育鵬社公民教科書を「新しい教育基本法の趣旨を最もふまえた教科書」と評価することはできません。(小池)

※2015年7月28日加筆
 育鵬社教科書を支持する「日本教育再生機構」「教科書改善の会」は,大田原市,東京都,東大阪市と育鵬社の採択がなされるごとに,「教科書改善の会代表世話人屋山太郎氏のコメントとして,
「新教育基本法と学習指導要領の趣旨に最も沿った教科書が育鵬社であるとの認識が、
教育現場において確実に広がりを見せています。
関係者の皆様のご尽力に心より感謝いたします。」

(東大阪採択時)といった内容を発表しています。
 しかしながら,そうした議論が成り立たないことは上記に述べたとおりです。
 日本国憲法から教育基本法が生まれ(改正法も同様),教育基本法から学習指導要領が生まれる以上,日本国憲法を尊重しない教科書が「新教育基本法と学習指導要領の趣旨に最も沿った教科書」になることはありえません。
 しかも育鵬社の教科書は,ブログ⑩でもみたとおり,学習指導要領で明示されている「核兵器の脅威」「各国民の相互理解」「貧困の解決」等については,育鵬社は全くふれていないか,極めて記述がうすいのです。
 なお,東大阪市では,育鵬社の公民教科書は,教育委員会の諮問を受けて教科書を選定した選定委員会の答申に入っていなかったにもかかわらず,教育委員会がこれを採択したとの指摘があります。
「東大阪で教育を考える会facebook」
 東大阪市採択時のコメント「新教育基本法と学習指導要領の趣旨に最も沿った教科書が育鵬社であるとの認識が、教育現場において確実に広がりを見せています。」との認識は,どこから来るのでしょうか?

育鵬社の採択に問題あり! と考えられる方は,声を上げましょう!!
(1)まだ教科書展示会を行っている地域であれば,展示会へ行って意見を書きましょう。
    「神奈川県教科書展示会・会場と日程」
川崎市麻生市民館(新百合ヶ丘),7月30日までやっています。
(2)市町村のホームページを通して,意見を述べましょう。
    「藤沢市インターネット意見」
    「横浜市市民からの提案」
    「大阪市区政・市政へのご意見等」
    「名古屋市政へのご意見」
    「東大阪市政への意見」
受け付けていません,など表示されるかもしれませんので,ホームページ内で少し移動してみていただければ幸いです。
(3)教科書採択を行う教育委員会を傍聴しましょう。
    「藤沢市教育委員会平成27年7月定例会」

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