発想に逆転または伝道師犬飼光博
相も変わらずテレビをみている。NHK「心の時代」は好きな番組である。5月4日の放送は伝道師犬飼光博を取り上げている(「筑豊に隣人ありて」5月10日再放送予定)
犬飼は筑豊に50年、伝道師として活動してきた。75歳であるが、非常にエネルギッシュで青年のような人である。恩師高橋三郎の思い出を語り、突然、涙ぐむ。その瑞々しい感性に驚く。同志社大学神学部に在学中、1年間休学して九州の炭鉱町福吉市で、廃坑になり生活に窮した子供達を救うための活動した。卒業後、本格的に福吉市に戻り、居を構えて暮らした。しかし、そこには、エネルギッシュで元気いっぱいの子供たちがいた。そのような子供たちを予想もしていなかった、見えなかった、と述べる(後述する発想の逆転)。
犬養は、自分が高みの姿勢にいたことを反省する。日雇いやトラック運転手をやりながら伝道活動をしたにもかかわらず、である。若いときの写真をみると、鐘馗様のような感じで、泥まみれで働いて地の塩のようにみえる(見えるだけでなく本当に地の塩であったと思う)。
犬養の言葉は意表をつき発想を逆転させる。
例えば、伝道師は伝道のために来るのが通常であろう。
しかし、犬養は伝道のために来たのではない、人々の言葉を聞くためにきたという野沢伝道師の生き方を語り、あるべき伝道師の姿であるとする。野沢伝道師は、説教はせず、困難な状態にある人とともにいて、その話に熱心に耳を傾けたという。
また、例えば、善きサマリア人のエピソード(後注)について、通常であるならば、サマリア人のように善き行いをして、範とせよと理解するように思える。
しかし、犬養は、傷つき倒れた旅人がいたことで善きサマリア人にさせていただいたという。サマリア人ではなく、傷つき倒れた旅人に着目する。
また、また、たとえば、「僕は隣人になれたのだろうか。彼らは隣人になってくれたのに」といって、伝道師としての自分を振り返り、温かく受け入れてくれた周囲の人に対する恩義を語る。
ところで、犬養はカネミ油症の被害者から救援を求められ一旦はことわったが、「無関心は公害の荷担者である」という言葉が心に残り、支援することになる。その過程で、被害者が、以下のように語ったという「水俣病の苦しみがテレビでわかっていたのに理解できないでいた。共感できないでいた。自分たちがカネミ油症患者になって初めて水俣病の人の苦しみがわかった」。この言葉にぎょっとする、「苦しみがテレビでわかっていたのに理解できないでいた。共感できないでいた」とは私のことではないか。心の中で暗々裏に感じている自分の弱みを指摘されたような気になった。
東日本大震災についても、復興だけでは不十分である。新しい関係を作っていかなければならないとしている。古い自分が死んで、新しい自分になる。一番惨めで一番苦しい人のところにイエスはくる。犬養の言葉は耳痛いが耳を傾けたい(山森良一)。
注 善きサマリア人(ルカによる福音書10章30節~37節 口語新約聖書)
「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。
するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。同様に、レビ人もこの場所にさしかかってきたが、彼を見ると向こう側を通って行った。
ところが、あるサマリヤ人が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、
近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。翌日、デナリ二つを取り出して宿屋の主人に手渡し、『この人を見てやってください。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払います』と言った。
この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」。彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。
以下、番組の紹介http://www4.nhk.or.jp/kokoro/
こころの時代~宗教・人生~「筑豊に“隣人”ありて」
伝道師・犬養光博さんは四六年間、筑豊の零細炭坑の谷間に小さな伝道所を開き「隣人」とは誰か問い続けて来た。そこで出会った名もなき人々の中に見た「隣人」の姿を語る。
1965年、伝道師・犬養光博さんは失業と貧困にあえぐ筑豊の零細閉山炭坑の谷間に小さな伝道所を開いた。以後46年間、犬養さんは「ルカ伝」の「善きサマリア人」の物語を指針とし「隣人」とは誰か問い続けた。炭鉱離職者、カネミ油症患者、在日朝鮮人などさまざまな「隣人」と出会いながら、犬養さんは自分が伝道所で人々を導くのではなく、苦しみの中で懸命に生きる「現場」の小さき者たちが自分を導いて来たと考えてゆく。
【出演】伝道師…犬養光博,【語り】森田美由紀