難民問題または五木寛之少年の経験
2016-01-31
ヨーロッパに押し寄せる避難者について少し気にかかっていることがあった。避難者たちは相当高い金をブローカーに支払って避難している。避難者は避難者でも相当強い避難者ではないか。
しかし、作家五木寛之の経験を知り考え方を変えた。終戦当時、五木の父母は平壌で教員をしており、13歳の五木には弟と妹がいた。ソ連兵の横暴な振る舞いにより、母は結局死亡し、これになすすべもなかった父親は事後、認知症状態になった。そのような中で、13歳の五木は幼い弟と妹と父親を連れて日本に引き揚げてきた。その過程で、五木はブローカーと交渉して金を支払い帰国した。大人たちからなめられないようにタバコを口にくわえていた。このことを紹介している記事を読み、息が詰まり、ヨーロッパの避難者たちと重なった。金を持っていても困っていることに変わりはない。
五木は自己の経験については抽象的には語っても、具体的にはなかなか触れなかったらしい。そして、80歳になり事件から70年近く経過してからようやく具体的に語りだしたらしい。70年の重みを思う(山森)
以下、五木の経験を教えてくれた記事である。
池上技術士事務所のブログ
http://yuji5327.blog.jp/archives/2009-12.html?p=2
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