市民の勇気または「1971」
NHKドキュメンタリー番組である。何度みても感銘する。ベトナム反戦運動が盛んになった頃のアメリカのある街で反戦運動に参加していた活動家(物理学者)は運動が暴力化することに憂慮していた。一計を案じて政府の不正を暴いて公表する事を考える。そうすれば、一般市民は政府の不正を自分の問題として考えて、共感してくれるだろう。市民の支持があれんば暴力化する必要もなくなる。仲間は10人で主婦・公務員・タクシー運転手等である。後一人が脱落する。活動家はFBIの地方事務所から秘密書類を盗みだした。当時は簡単に秘密書類を盗み出すことができた。書類には政府に批判的と思われる人に対する監視活動が具体的詳細に書かれてあった。それらの書類を精査して新聞社ニューヨークタイムス・ロサンゼルタイムス・ワシントンポストに送りつけた。前二社は書類を警察に提出したが、ワシントンポストの社主キャサリングレアムは悩んだ末に公表に踏み切り、大きな反響を呼ぶ。この事件をきっかけにFBIが1956年頃から系統的に不正行為をしていたことが判明する(たとえばキング牧師を暗殺するぞという匿名の脅し)。時のフランクチャーチ委員会は政府の行動について調査してガイドラインを作る。FBIフーバー長官は辞任する(子供の頃、フーバー長官を英雄視する子供向けの本を読んだことがある。あれは一体何だったのか)。
この点、窃盗という方法については議論があるだろう。自分が同じ立場にたたされた場合、実行できたのか疑問である。しかし、そのような過激な行為がなければ長く巨大な政府の違法行為が隠蔽されたことも事実であろう。
他方、誰が犯人であるかの追求の手は厳しくなる。当事者たちは薄氷を踏むような毎日をおくることになる。事件が一段落して、捜査の手が及ばないことがわかると、当事者たちは長い60年代が終わったと感じる。疲れはてて、市井の生活に戻る。
その後、40年を経て初めて経過を明らかにする。それは元活動家が健康を害して、今後の生命が危ぶまれたので、仲間たちが過去の自分たちの行動を公表して活動家の業績を明らかにすべきと思うようになったからである。仲間たちは何十年もたち自分たちは保守化したことを感じている。しかし、輝かしい歴史である。3人の幼いこどもを抱えながら行動した若い夫婦もいた。ビデオで当時の幼児の様子が映し出される。本当にかわいい。夫婦は自分たちが捕まったら後を頼むと兄夫婦に頼んでいた。後年、なぜ、そんな危険なことをしたのかと問われると、皆が事なかれ主義になってしまうと、結局は、政府の監視ができず、全体が危険にさらされることになってしまうからだと説明する。事件当時、幼児だった子供たちは、40年を経て、両親の行動について、両親は不正を目の当たりにして黙っていられずに行動したのだろう、と述べる。誇らしい両親なのだろう。市井の市民たちの勇気に感銘する。アメリカは一方で多くの批判にさらされながらも、他方で評価されるのはこのような勇気ある個人がいるからだろう(山森)。
以下、テレビの紹介文である(NHKBS 9月11日(金)午前0時00分~午前0時50分)。
1971年3月、FBIの建物から数百もの機密文書が盗まれた。犯人が公表した文書によって、FBIが国民に対して行っていた違法なスパイ行為や脅迫が明らかになり、FBIは批判にさらされた。そして、40年以上の時を経た今、捜査の網を逃れて大学教授やタクシー運転手として暮らしてきた実行犯たちがカメラの前に現れ、初めて計画から実行までの詳細を語った。