藤沢で使用されている育鵬社教科書にはこんな問題が…⑩神奈川の研究資料は不適切(改題・追記)

2015-07-24

 各都道府県では,今夏の中学校教科書採択に向けて,教科書調査研究資料を作成しているはずです。
 そのうち,神奈川県,東京都は,ネット上に調査研究資料を公表しています(他にもあるかも)。
 両都県とも各社の教科書をいかにして客観的に比較するか努力しており,そのことには敬意を表したいと思います。
  「神奈川県教科用図書調査研究の結果」
  「東京都教科書調査研究資料」   

 しかしながら,これらの調査は下記のとおり,あまりに問題が多すぎます。
 実際の採択を行う方々は,こうした調査研究資料を無批判に参考とするのは避けていただきたいと思います。

※2015年7月24日追記
 昨日東京都教育委員会は都立中学校(中高一貫校)と特別支援学校について育鵬社の歴史・公民教科書を6人中4人の賛成で採択しました。これがもしも上記の調査研究資料を根拠にしたものであれば,その根拠は薄弱といわざるをえず,強く抗議したいと思います。
 神奈川県教育委員会の教育委員の方々においては,観点自体にそもそも問題がある「調査研究の結果」を絶対視することなく,こどものための教科書という視点で採択を行っていただきたいと切望します。

※他道県の研究資料もみつけました。東京,神奈川のゆがみがよくわかります。
 埼玉県,鳥取県,大分県はごくシンプルです(注 鳥取,大分は前回分です。)。
  「埼玉県中学校用教科用図書調査資料」
  「鳥取県中学校教科用図書選定資料(平成24年度から27年度)」
  「大分県中学校用教科書選定資料(H24~27使用)」
 北方領土問題のある北海道,竹島問題のある島根県ですら,このぐらいです。
 「北海道教科用図書採択参考資料」
 「島根県中学校教科用図書の選定に必要な資料」  

1 評価項目がゆがんでいませんか?
 中学校社会科学習指導要領は次の内容です。
 「中学校社会科学習指導要領」  

 なのに,何故に,具体的記載事項についてとりたてて評価している項目が
 「北方領土」「竹島」「尖閣諸島」「国旗・国歌」「神話・伝承」「北朝鮮による拉致問題」
 「防災や,自然災害時における関係機関の役割等の扱い」(※事実上,自衛隊の役割だろう)
 「一次エネルギー及び再生可能エネルギーの扱い」
 (以上,東京都。神奈川県も共通する部分が多い。)
なのでしょうか?

 特定分野に偏っている上に,育鵬社に有利な評価項目となっています。

 そもそも,学習指導要領の公民的分野では「神話・伝承」は出てきません。また,領土に関しては「『世界平和の実現』については,領土(領海,領空を含む),国家主権,主権の相互尊重,国際連合の働きなど基本的な事項を踏まえて理解させるように留意すること」としか書かれていません。

 一方,学習指導要領では,たとえば「核兵器の脅威」「各国民の相互理解」「貧困の解決」は明示的な内容となっているところ,これらについて育鵬社は全くふれていないか,極めて記述がうすいのですが,何故か評価項目には挙げられていません。

 もちろん,学習指導要領は国の大綱的基準でしかありませんので,各自治体が独自の観点を有すること自体は構いません。
 しかし,だからといって,好き勝手な観点を立てて良いわけではないですし,ましてや特定の教科書に有利な観点を立てることは問題です。
 東京や神奈川が特に「北方領土」「竹島」「尖閣諸島」「神話・伝承」を挙げる理由も不明です。

2 意味のある比較とはいえないのでは?
(1)東京都は「歴史上の人物を取り上げている箇所数」,「現在に伝わる文化遺産を取り上げている箇所数」を数え上げています。
 しかしながら,身長や体重がある人ほど健康だとはいえないのと同様,登場人物や文化遺産が多いからよい教科書だとはいえないでしょう。
 学習指導要領の内容を充たすのに過不足ない人物数(あるいは入試で困らない数),というのが本来適切で,多ければ多いほどよいというのは悪しき詰め込み主義の名残でしょう。
 教科書改善の会の方々は,育鵬社がトップであることをアピールしていますが(http://kyoukashokaizen.blog114.fc2.com/)あまり意味はないと思います。
 むしろあまり多くの人物が出てくると,生徒を「覚えなければ…」と不安にさせるのではないでしょうか?

(2)東京都は,教科書中で「責任・義務について記述している箇所数」を数え上げています。
 トップは清水書院の34,育鵬社は帝国書院と並んで27で2位,自由社は何と16で日本文教出版と最下位争いといった具合です。
 もっとも,清水書院の34を列挙すると次のとおり。
 ・決まりを守る義務と責任 ・交換や返金の責任 ・義務教育の制度 ・日本の重要な責務
 ・商品を購入した責任 ・臣民としての義務 ・共通だが差異ある責任
 ・有限責任 ・法的責任 ・権利を大切に守り、あつかう責任 ・温室効果ガスの削減義務
 ・企業の社会的責任 ・契約内容を法的に守る責任や義務 ・憲法を尊重し擁護する義務
 ・普通教育を受けさせる義務
 ・納税の義務 ・企業の責任 ・男女に平等な機会をあたえる義務 ・勤労の義務
 ・国の責務 ・企業の公害防除義務 ・積極的に援助する責任 ・納税の義務
 ・障がい者を雇用する義務 ・義務教育 ・国会に対して連帯して責任
 ・解雇予告手当を支払う義務 ・国や地方公共団体が整備する責任 ・国民に対しての責任
 ・個人の責任 ・誠実に処理する義務 ・国民の義務
 ・公共の福祉のために利用する責任
 調査項目を考案した人の意図とは少々ずれたような…。

 ちなみに,自由社の16は次のとおり。
 ・企業の社会的責任(CSR)・普通教育を受けさせる義務 ・多額の分担金義務・道義的責任
 ・社会保険に加入する義務 ・勤労の義務
 ・未成年の子供を監護・教育する権利と義務・親の義務 ・国民年金に加入する義務 ・納税の義務
 ・法に従い社会の秩序に従う義務 ・個人情報の厳正な管理義務
 ・納税の義務 ・国防の義務
 ・兵役の義務
 ・裁判員の守秘義務
 なかなかのものが入ってきます。
 やはり,数ではないですよね,教科書改善の会の方々。

3 調査に誤りがあるのでは?
 神奈川県の調査は,人権や日本,世界の諸問題について,扱いの有無を調査しています(資料14~15頁)。
 この中で「自己決定権」については,育鵬社は本文でも索引でも用語としては全く記載していません。
 それにもかかわらず,神奈川県の調査(資料14頁)では,扱われているものとして「○」印が付されています。
 たしかに,育鵬社の教科書でもインフォームド・コンセントや臓器提供意思表示カードは出てきますので,実質的には記載されているという判断がなされたのかもしれません。
 しかしながら,この調査はあくまでも「用語として本文(索引)に記載されているもの」を調べたというのですから,「自己決定権」について扱われているものとすれば,これは誤りではないでしょうか。
 一方,「南北問題」「南南問題」は,たしかに用語としては育鵬社の教科書に載ってはいますが,内容については全くふれられていません。
 これら2点については,実質的には記載されていないものといえるでしょう。
 仮に「自己決定権」を実質的に記載されているものと判断するのであれば,これら2点は実質的には記載されていないものと判断すべきでしょう。
※2015年7月27日追記
 この点について神奈川県教育委員会の問い合わせフォームにて問い合わせたところ,次のとおり回答がなされています。
 平成27年7月13日付けの電子メールでお問い合わせの件につきまして、担当の子ど
も教育支援課教育指導グループから回答します。
 中学校、中等教育学校の前期課程用教科用図書調査研究の結果(平成28・29・30・
31年度用)については、県教育委員会の教科用図書採択方針に基づき、各教科の教科
書について、調査研究して作成しております。
 ご質問いただいた、育鵬社の公民についての2点について回答いたします。
 ①調査研究資料 公民14ページの「自己決定権」について、調査研究事項として
「自己決定権」をとらえており、その用語の記載はありませんが、「インフォーム
ド・コンセント」や「臓器提供意思表示カード」が内容的に「自己決定権」と同様で
あると判断しています。
 ②調査研究資料 公民15ページの「南北問題」、「南南問題」について、中学校学
習指導要領解説社会編に記載されている「先進国と発展途上国の経済的な格差」「発
展国間においても経済的な格差がある」という内容は「南北問題」「南南問題」のこ
とであると判断しています。教科書200ページの「地球の北半球に多い先進工業国と
南半球に多い発展途上国との間(南北問題),そして発展途上国の間(南南問題)で
も資源をめぐる利害の対立が起きています」という記述についても同様の解釈をして
います。

 要するに育鵬社教科書の「地球の北半球に多い先進工業国と南半球に多い発展途上国との間(南北問題),そして発展途上国の間(南南問題)でも資源をめぐる利害の対立が起きています」という記述をもって,「先進国と発展途上国の経済的な格差」「発展国間においても経済的な格差がある」という記述と解釈するようですが,無理があると思います。
 「経済的な格差」と「資源をめぐる利害の対立」が異なるのは明白です。
 万が一,神奈川県教育委員会が現場の声を無視して「神奈川県教科用図書調査研究の結果」に依拠し育鵬社教科書を採択するようなことがあれば,「神奈川県教科用図書調査研究の結果」については徹底分析の上,何故にこのような研究がなされたのか追及せざるを得ないでしょう。

 育鵬社の採択に問題あり! と考えられる方は,声を上げましょう!!
(1)まだ教科書展示会を行っている地域であれば,展示会へ行って意見を書きましょう。
    「神奈川県教科書展示会・会場と日程」
    ☆川崎市麻生市民館(新百合ヶ丘)では7月30日までやっています!
(2)市町村のホームページを通して,意見を述べましょう。
    「藤沢市インターネット意見」
    「横浜市市民からの提案」
    「大阪市区政・市政へのご意見等」
    「名古屋市政へのご意見」
    「東大阪市政への意見」
(3)教科書採択を行う教育委員会を傍聴しましょう。
    「藤沢市教育委員会平成27年7月定例会」
(小池)

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