育鵬社公民教科書の問題点⑤  高校入試に不利

2020-07-09

自由法曹団は意見書「育鵬社公民教科書と入試問題(増補改訂版)」を公表しました。 6月に紹介した自由法曹団意見書「弁護士からみた 育鵬社の公民教科書の問題点2020 ~育鵬社の教科書もいいかな、と考えている方へ」の第3章「入試問題の検討-解答に支障が多い育鵬社公民教科書」について,2020年実施の入試問題を追加するなどしたものです。


https://www.jlaf.jp/04iken/2020/0708_604.html

中学校教育は高校入試のためにあるわけではありませんし,教員が教科書の不足を補うことは可能であることは当然の前提とした上で,それでもやはり,生徒に不利益を及ぼす可能性のある教科書を敢えて選択するというのであれば「よほど」の理由が必要でしょう。そして,育鵬社公民教科書は,よくない意味で「よほど」の教科書であることは両意見書にお示ししたとおりです。

一例を挙げてみましょう。上記意見書同様,頁や記述は本年度採択となる教科書に基づいていますが,現在使用されている育鵬社教科書も同様の問題を有しています。(問題文は旺文社「2021年受験用全国高校入試問題正解社会」より引用しました。)

2020年広島3の2
次のア~エのうち,日本国憲法に基づき保障されている被疑者・被告人の権利として適切なものを全て選び,その記号を書きなさい。
   ア  どのような場合でも,裁判官の出す令状がなければ逮捕されない。
  イ  どのような場合でも,自己に不利益な供述を強要されない。
  ウ  どのような場合でも,拷問による自白は証拠とならない。
  エ  どのような場合でも,弁護人を依頼することができる。
◎育鵬社では対応困難
他社教科書は,被疑者段階(起訴前),被告人段階(起訴後)のいずれにおいても弁護人 選任権があることを明記しています(東京書籍103頁「被疑者や被告人には(中略)弁護人をたのむ権利が保障されています。費用が出せないなどの理由で弁護人をたのめないとき には,国が費用を負担する国選弁護人をつけることもできます。」,他に教育出版107頁,帝国書院89頁,日本文教出版101頁)。
ところが,育鵬社は,「憲法は,刑事被告人が裁判で不利にならないように,資格を有する弁護人(弁護士)を依頼することができ,自分で依頼できない場合には,国費によって弁護人をつけなければならないと定めています(37条)。」と被告人段階の弁護人選任権には 言及するものの,被疑者段階での弁護人選任権にはふれていません(98~99頁)。刑事関連憲法条文一覧表で第34条につき「理由なく抑留・拘禁されない」とは説明を付していますが,やはり被疑者段階の弁護人選任権にはふれていません。
書かれていることが誤りとまではいえないとしても,被告人段階の弁護人選任権にふれながら被疑者段階の弁護人選任権にふれないことで,被疑者段階での弁護人選任権はないものと生徒に誤解させるおそれがあります。これを看過した文科省の検定も適切とはいえません。
育鵬社教科書も巻末に日本国憲法全文がありますが,仮に憲法第34条を読んだとしても,それだけで被疑者段階の弁護人選任権を読み取るのは,生徒には困難でしょう。

ちなみに,広島県呉市は現在育鵬社の歴史,公民教科書を採択しておりますので,多くの生徒が上記の問題に解答しているはずです。入試問題は使用している教科書により有利不利が出ないように作成されるといわれることがありますが,私が検討した結果ではそうでもなく,他にも育鵬社が採択されている県で育鵬社に不利な出題がなされている例は多々あります。問題を作成する側で「そんなことはどの教科書にも当然書いてあるだろう」などと考えてしまう可能性は十分あります。上記の問題も憲法の条文に書いてあることですし,被疑者段階で弁護人がつくことも重要なことですから,私は広島県の入試問題作成者を責める気は毛頭ありません。むしろ当然記述するはずの事項を欠落させた育鵬社(及びそれを看過した文科省)の問題でしょう。そして,前回採択時も自由法曹団等が育鵬社教科書の欠点を指摘しておりますが,呉市教育委員会がそうした指摘を認識しながら育鵬社教科書を採択したのであれば,呉市教育委員会の問題でもあります。

入試問題と関連する事項だけでみても,育鵬社公民教科書は①大日本帝国憲法と日本国憲法の対比をせず,天皇主権という言葉を使わないとか,②集団的自衛権について政府の定義とは全く異なる定義を用いるとか,③「被爆国」「軍縮」「核軍縮」の言葉を使わない等,かなり特殊な教科書といわざるをえません。(小池)

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