どこかで聞いた話または、週刊現代「中国はまず神戸から攻めてくる」
週刊現代6月14日号は「中国はまず神戸から攻めてくるー気を付けろ、人民解放軍は中日戦争にうごきだしたー」として、日中戦争が起こった場合、海が戦場になり、潜水艦が重要な役割を果たすので、日本で唯一潜水艦を製造している神戸が狙われるという記事を載せている。今にも日中戦争がはじまりそうな勢いである。
しかし、この類の議論は以前もどこかで聞いたことがある。記憶を遡ると80年代初頭盛んソ連軍の北海道上陸が騒がれた。いわく、
「ソ連軍東京湾、北海道強襲/ 自衛隊はこう戦う」(『現代』七八年一一月号、グループ九一五・小板橋二郎・松崎康憲・持田哲太郎)▽「米中国交なってあせるソ連/ 第三次大戦はアジアで勃発・ソ軍は佐渡から東京を襲う」(「現代」七九年二月号、久留鳥能夫と軍事研究グループ)▽「ソ連が北方領土の次に狙う。対日戦略の中身”をスッパ抜く」(『週刊現代』七九年二月二二目号)▽「やっぱりいいはじめた……ソ連の『日中条約への報復』というセリフの迫力」(週刊サンケイ七九年三月一日号)▽「日本のフィンランド化狙うソ連」経済往米」七九年四月号、三好修二京都産業大学教規漆山成美・京都産業大学教授、対談)
以上、85年軍事危機説の幻(中馬清福・朝日新聞社p31)
周知のようにソ連の北海道上陸はなかった。ソ連崩壊後明らかになったことはそもそも、そんな力はなかった。そして、ソ連自体がなくなってしまった。あの脅威論は西側が作り出した虚構の脅威論であった。
ところで、当時、ソ連脅威論を盛んに宣伝して大ベストセラーを連発した二見書房の担当者は後年「知的ゲームというと語弊がありますが、とにかく頭脳を働かせてもらおう、そういう気持ちでした~中略~小説を読むつもりで手を伸ばしてほしい、そういうふうに考えて踏み切ったわけです」(軍事危機説30p)要するにサラリーマン向けの頭の体操であったと弁明をしている。
しかし、あの脅威論は頭の体操だったのだろうか。すくなくとも、当時の読者は頭の体操とは受け取らず、実際にソ連が侵攻してくるかもしれないとして考えていたのではないか。恐怖におびえていたとまでは言わないが、少なくとも防衛力増強に対して賛成することについて大きな原因を作ったと思われる。ありもしない海外侵略があると宣伝して恐怖感を煽り、人心を不安に陥れ、莫大な利益を稼ぎ出したのであるとするとその責任は重たいと言わざるを得ない。
慧眼にも国際政治学者進藤栄一は遅くとも82年の段階でソ連脅威論を批判している。当時読んだときそんなものかなあと思ったものであるが、結果から見ると、その本質を見抜く洞察力に驚く。
それはそうと、これは過去の話である。現在は中国脅威論である。記憶に間違いがなければ、いまよりずっと国力が弱かった毛沢東時代も、中国は外交ルールをわきまえない国であるから何をするかわからないという中国脅威論があったと思う。が、今度は、国力をつけて軍備を増強してきた中国に対して現実的な危機が発生しているという新しい脅威論である。
しかし、ソ連脅威論でコロッと騙されたので、これに懲りて、進藤の言葉に耳を傾けてみたい(アジア力の世紀 岩波新書)。
少し歴史をさかのぼってみると、対外的危機論がいかに根拠のないものであるのか、わかってくる。また騙されるというのは悲劇というよりはむしろ喜劇である(山森)。