(3)多対一状態
※図はPDF版にのみ収録
同じようなことをしていても多対一では意味が異なることを、児童生徒が気付く前提として、教員が気付いていることが重要です。
ア 苦痛の継続・集積
相互に攻撃し合うトラブルが単独であれば、対象児童生徒も関係児童生徒もそれぞれ「1」の苦痛といえるかもしれませんが、対象児童生徒が10名の関係児童生徒とトラブルを起こせば、関係児童生徒はそれぞれ「1」の苦痛である一方、対象児童生徒は「10」の苦痛となり得ます。
一見双方向性のトラブルで対象児童生徒にとって個々の行為自体の加害性はさほど大きくなかったとしても、継続、累積により心身の負担が増大し、著しく精神的、肉体的苦痛を被る結果となる可能性があります。
また、対象児童生徒がきっかけを作り出していようと反撃をしていようと、関係児童生徒の行為により苦痛を受けることについては変わりなく、これが重大な結果につながる可能性があります。
平成18年度以降、「いじめ」の定義から「自分より弱い者」「一方的」「継続的」「深刻」との限定がなくなったのは、上記のような事態の発生防止を意図したものと理解すべきです。
イ 対等な関係ではない
児童生徒の間のトラブルに大人が直接介入するのではなく、児童生徒たち自身がトラブルを解決していることは大切なことともいえます。
トラブルの構造において各人が対等な場合、たとえば下記の図のように、児童生徒たちが相互に攻撃を行っている場合には、暴力等ひどいものでなければ大人が直接介入することなく、児童生徒たちに解決を委ねる場合もありうるでしょう。
一方、トラブルの構造において、次の図のとおり、集団内で特定の児童生徒が一方的に攻撃を受ける場合においては、児童生徒たち自身の力、とりわけ攻撃を受ける児童生徒の力で解決に至ることが望めないことは明白であり、大人の直接介入が必要と考えられます。
それでは、次の図のように、トラブルの構造において、集団内で特定の児童生徒が攻撃を受けるがその児童生徒も同程度に攻撃している場合はどうでしょうか。
双方的であるからといって、双方対等とみることはできず、大人の直接介入を要するというべきでしょう。
すなわち、周囲の児童生徒(たとえば7人)の受ける被害がそれぞれ「1」だとしても、特定の児童生徒の受ける被害は「7」であり、特定の児童生徒の受けるダメージは周囲の児童生徒らの7倍となる上、そもそもこのような構造である以上、特定の児童生徒と周囲の児童生徒との間には問題のある関係があると推認され、もはや双方対等な関係ではありえないからです。
この際に、敢えてトラブルを個々のものに分解し、「どっちもどっち」「1対1」の対等なトラブルとみて直接介入を回避するのは適切ではありません。
教員は児童生徒たちの人間関係に直接介入し、こうした場合も対等ではないことに気付かせるべきです。