(2)「そんなに広く認められたら学校はやってられない」

2024-01-15

(2)「そんなに広く認められたら学校はやってられない」
 そんなことにはなりません。
 まずは、法が学校に対して求めているいじめへの対応をみてみましょう。


ア 情報共有・組織的対応
 上記(1)イの事案のように、一見深刻ではないトラブルにみえても、これが継続、累積することで重大な結果を惹起し得ることからすれば、教職員間でいじめに関する①情報を共有して②組織的に対応することが必要です。
 法が①学校等にはいじめの早期発見のための措置(第16条)を、教職員等には「学校」への通報(第23条第1項)を求めた上で、②「学校の複数の教職員によって」(同条第3項)いじめに対応すると共に、いじめの防止等に関する措置を実効的に行うため「いじめの防止等の対策のための組織」を置く(第22条)としているのは、①情報の共有と②組織的対応を求める趣旨と理解できます。
 国の方針は「いじめの発見・通報を受けた場合には、特定の教職員で抱え込まず、速やかに組織的に対応し」(第2の3(4)ⅲ)と、この点を明確にしています。


イ 指導内容についての専門的裁量
 いじめを広く定義した以上、そこには「犯罪行為として取り扱われるべき」ものから「好意から行った行為」までが含まれることになり(国の基本方針第1の5参照)、いじめに対し厳しい指導が必要な場合もあれば、コミュニケーションの取り方についての指導にとどまる場合もあり得ることになります。
 このことに鑑みれば、いじめに関する指導内容については、学校の専門的裁量が広く認められるべきです。
 法がいじめへの対応について、若干の措置につき言及する(第23条第4項~第6項、第24条~第27条)ものの、その他には「いじめを受けた児童生徒又はその保護者に対する支援及びいじめを行った児童生徒に対する指導又はその保護者に対する助言を継続的に行うものとする。」とするにとどめ、国の方針でも概ねあらゆる「いじめ」において求められる一般的対応が挙げられているにとどまるのは、いじめに関する指導内容について学校の専門的裁量を広く認める趣旨と理解できます。
 いいかえれば、法はいじめを広く定義し、学校がいじめを隠すことなく、小さないじめも見逃さずに情報を集約共有した上で、いじめの実態に即した具体的対応を組織的に創意工夫実践することを期待しているといえます。
 例えば、純然たる善意から出た行為については、行為生徒に対して「いじめ」の言葉を用いずに「様々な受け止め方をする人がいるのだから、相手の立場に立って言動するように」といった指導を行うにとどめる一方、苦痛を受けた生徒には物事の受け止め方を指導することも考えられます。
 当事者が双方でやりあっている場合については、一方がその行為を苦痛に感じる状況があるならば、たとえ手を出している生徒であったとしてもいじめとして苦痛に目を向けた上で情報集約することになるでしょうが、その一方で、それぞれが加害であり被害であるいじめと認め、双方を支援・指導する場合もあり得るでしょう。


ウ 学校が留意すべき点
 このように、いじめに関する指導内容について学校の専門的裁量は広く認められるべきですが、その際にも、上記イの点には留意すべきです。
 すなわち、特に周囲の児童生徒達とのトラブルが多い児童生徒については、たとえ個々のトラブルについてみると双方でやりあっていても、結果としてその児童生徒においては苦痛が集積すると共に周囲の児童生徒達から孤立するという危険な状態が出現する可能性があるのですから、学校においてはこのことに留意しつつ、対象児童生徒と周囲の児童生徒達に対し適切な指導・援助を行う必要があります。
 また、仮にトラブルが多い児童生徒においてきっかけを作り出していたとしても、だからといってその児童生徒に敢えて苦痛を与える行為が許されることにはならないことを、教職員は周囲の児童生徒達に明確に指導すべきです。
 もちろん、きっかけを作り出したことについて、いじめられた児童生徒に指導がなされることはあり得ます。      しかしながら、これはいじめ行為を許したり対応を怠ったりすることとは明確に区別されるべきです。


エ いじめ発生そのものは非難すべきではない
 いじめを広く認定する以上、いじめを隠したりいじめへの対応を怠ったことが非難されることはあっても、いじめが発生したということそれ自体は非難すべきではないことになります。
 このことは、法第34条が
「学校の評価を行う場合においていじめの防止等のための対策を取り扱うに当たっては、いじめの事実が隠蔽されず、並びにいじめの実態の把握及びいじめに対する措置が適切に行われるよう、いじめの早期発見、いじめの再発を防止するための取組等について適正に評価が行われるようにしなければならない。」
とし、これを承けた国の方針も「学校評価の留意点、教員評価の留意点」の中で、
○ 各教育委員会は、学校評価において、いじめの問題を取り扱うに当たっては、学校評価の目的を踏まえ、いじめの有無やその多寡のみを評価するのではなく、問題を隠さず、その実態把握や対応が促され、児童生徒や地域の状況を十分踏まえて目標を立て、目標に対する具体的な取組状況や達成状況を評価し、評価結果を踏まえてその改善に取り組むよう、必要な指導・助言を行う。
○ 各教育委員会は、教員評価において、いじめの問題を取り扱うに当たっては、いじめの有無やその多寡のみを評価するのではなく、日頃からの児童生徒の理解、未然防止や早期発見、いじめが発生した際の問題を隠さず、迅速かつ適切な対応、組織的な取組等を評価するよう、実施要領の策定や評価記録書の作成、各学校における教員評価への必要な指導・助言を行う。

とし、法の立案に役割を果たした小西洋之参議院議員も
「本法のもとにおいては、いじめが起きてしまったこと自体、あるいは、ある学校におけるいじめの発生件数等はそれをもって直ちに否定的な評価をされるべきものではありません。」
「いじめの発生等について否定的な評価を行わない代わりに、教育委員会や学校にあっては、本法に定めるいじめの防止等の対策を適切に最大限実施する法的な責務を有するものであり、仮にそれがなされていない場合は、いじめの発生等に関わらず否定的な評価を受けなければならないことになります。このように、教育委員会や学校におけるいじめの発生等についての評価の在り方と同時にそれらにおけるいじめの防止等の対策の在り方の認識に関するパラダイム転換が本条により求められています。」
(同議員「いじめ防止対策推進法 全条文と解説」228~229頁)としていることからも明らかでしょう。
 いじめが発生したことそれ自体に対する非難は、いじめを隠すことを助長し結果としていじめ防止対策を妨げかねません。
 調査委員会の報告が、いじめを発生させたこと事態に対する非難と受け取られないよう、留意する必要があると思います。


オ まとめ
 法第2条は、「いじめ」について、「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係にある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているものをいう。」と定義しています。
 一見些細な出来事であっても、これが継続した場合には、対象児童生徒の精神的肉体的負担が累積増加して不登校や自死のような重大な結果を招いてきたことから、法は「いじめ」を広く定義し、「いじめ」につき情報を集積共有するとともに、組織的に対応することで対象児童生徒の精神的肉体的負担を的確に把握し、重大な結果を招くことを防ぐことを意図しているといえます。
 このように「いじめ」を広く定義することから、法は「いじめ」に対する具体的対応については基本的に学校の裁量に委ねるとともに、「いじめ」と認定されたとしてもそのことのみで関係児童生徒に対する厳しい対応を求めるものではなく、学校に対しても低い評価を行うものでもありません。
 いいかえれば、「いじめ」と認定されることは、そのことで直ちに学校の取った具体的措置が不十分であったことを意味するものではありません。
 調査委員会では、法の定義に則りいじめを認定すべきです。
 その上で調査委員会は、学校における情報共有・組織的対応の状況については比較的厳しく検討する一方、これがなされている場合の学校の具体的対応内容については比較的緩やかに検討することとなるでしょう。


カ 「いじめ」即違法ではない
 名古屋地裁平成25年1月31日判決・判例時報2188号87頁は、「児童が、文部科学省所定の『いじめの定義』に当たる行為を行ったとしても、直ちに不法行為法上違法とされるべきではなく、当該児童の発言や行動の内容の悪質性と頻度、身体の苦痛又は財産上の損失を与える行為の有無及び内容などの諸点を勘案したうえで、一連の発言や行動を全体的に考慮し、明らかに相手方の児童の心身に苦痛を与える意図と態様をもって行われたものであると認められる場合に、不法行為法上違法と評価されると解することが相当である。」としています。
 「いじめ」即違法ではないという点自体は妥当な判断だと思います。
 すなわち、「いじめ」即法的に違法というわけではなく、事案を個別具体的に検討する中で、違法行為かどうか判断されるべきです。

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