「戦時中帝都治安の一線で不惜身命戦いにけり」または「戦争と検閲」(石川達三を読み直す)

2016-03-30

 「戦争と検閲」は南京事件を取材して「生きている兵隊」を書き新聞紙法違反に問われた石川達三について書いた岩波新書の題名である。著者河原晶子は朝日新聞記者である。
 1938年石川は南京事件での見聞をもとにしてつくった「生きている兵隊」が「虚構の事実をあたかも事実の如くして空想して執筆したのは安寧秩序をみだすものとして」編集者と一緒に起訴され一審で禁固4年執行猶予3年の判決を言い渡された(二審も同じ)。
 表題は石川を取り調べた特高刑事が戦前の自分の活動を振り返って歌ったものである。彼は彼なりの正義を追求したという自負が読みとれる。しかし、これはおかしい。
 「戦う兵隊」などによって南京事件の実相が広く報道され、戦争の実態をもっとしらされていれば、戦気高揚で沸き立つ日本の世論に大きな衝撃を与えたと思われる。もしかすると外交に影響を与えることができたかもしれない。警察・検察・司法の正義が言論の自由を狭め日本の進路を誤らせたというべきである。
 ここでやっかいなのは、特高刑事は治安の一線で不惜身命で戦ったという自負である。このアンバランスは深刻である。
 思うに、重要なことは「その意識を誠にせんとする者は、先ずその知を極めるである(大学)」である。すなわち、自分の意を誠にしようとする者は、それに先だって自分の知識を隈なく推し極めるである。
 なにが正義であるかという価値判断をいいだすと、てんでんばらばらで神々の争いである。価値判断はとりあえず措いて、価値判断の前提となる事実がなにかについて共通の認識が得られれば、それほどずれない。
 すると、次に、なぜ、警察、検察。裁判所は「虚構の事実」と考えたのか、それが問題である(山森)
以下、「戦争と検閲」の案内である

戦争と検閲  石川達三を読み直す
河原 理子
■新赤版 1552
■体裁=新書判・並製・310頁
■定価(本体 820円 + 税)
■2015年6月26日
■「生きてゐる兵隊」で発禁処分を受けた達三.その裁判では何が問われたのか.また,戦後のGHQの検閲で問われたこととは? 公判資料や本人の日記,幻の原稿など未公開資料も多数駆使して,言論統制の時代の実像に迫る.取材し報道することの意味を厳しく問い続けて来た著者が抑えがたい自らの問いを発しながら綴る入魂の一冊.

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