産経新聞「教科書採択自虐史観の復活が心配だ」について

2020-09-27

表題の産経新聞社説は以下のリンク先で全文読める。

https://www.sankei.com/life/news/200923/lif2009230005-n1.html

この社説には看過できない問題点が複数ある。以下,太字が引用部分。

 来年度から中学校で使われる歴史・公民教科書の採択で、現在は育鵬(いくほう)社版を使っている市町村の多くが他社版に切り替えることが分かった。

ここまではまあよい。

 育鵬社版は、日本の歴史や文化への愛情を育むことを編集目標に掲げている。しかし、反対派が組織的な不採択運動を展開していた。

問題のある論理展開だ。

反対派とされる人たちの中で,育鵬社版が「日本の歴史や文化への愛情を育むことを編集目標」としていること自体に反対している人は,寡聞にして知らない。

反対派とされる人たちには,育鵬社版が「日本の歴史や文化への愛情を育む」と称して事実を覆い隠したり記述のバランスを崩していることを批判している人が多いと思う。

それにもかかわらず,産経新聞は,反対派が「日本の歴史や文化への愛情を育むことを編集目標」としていることを理由に反対しているかのように記述している。

ちなみに,育鵬社版は戦後日本の平和国家としての歩みについては,たとえば湾岸戦争について「憲法の規定を理由に人員を派遣しなかったため国際社会の評価は低く」などと極めて「自虐的」な記述を行っている。

育鵬社版が「愛情を育」みたいのは戦前日本のあり方のようである。

 そうした運動が採択に影響を及ぼしたのなら問題だ。文部科学省や各地の教育委員会には厳格な調査を求めたい。

すべての人には請願権(憲法第16条)がある。

教育委員会への請願が問題視される理由はなかろう。

ましてや「厳格な調査」とはどんなことを調査するのか?

採択への影響が問題視されるとするならば,教育委員会制度が設けられた趣旨を無視して,育鵬社版採択に有利な質問をする議員や,育鵬社版を採択させるべく教育委員を任命する首長ではないか。

 育鵬社版の歴史・公民いずれかの教科書を現在使用しているのは全国23市町村に上る。このうち半数以上の14市町村が、今夏に行われた採択で、来年度から他社版を使うことに決めた。横浜市や大阪市などの大規模自治体も他社版に切り替えた。

ここはまあよい。

 育鵬社版に対しては、反対派がウェブサイトで「戦争賛美」などとレッテルを貼り、各地の教育委員会に電話やファクスで不採択を求めるよう呼び掛ける運動を展開していた。教育委員の名前を並べ、手紙を出すよう促すサイトもみられた。

反対派のウェブサイトで「戦争賛美」という表現をしているものがどれだけあるのだろうか。しかも「戦争賛美」という表現をしていたとしても通常はそのことにとどまらず,育鵬社版の内容について実質的な批判をしているのではないか。産経新聞は実質的な批判にこそ応えるべきである。

少なくとも,「反対派がウェブサイトで『戦争賛美』などとレッテルを貼り」などというレッテル貼りを反対派に行うことで,何か反論したつもりになるのはやめておくべきである。

 実際、電話や手紙で外部から激しい働きかけを受けたと訴える教育委員もいる。文科省は今年3月、採択にあたり「静謐(せいひつ)な環境」の確保を求める通知を全国に出したが、静謐が保たれたとはとても言えまい。

「実際、電話や手紙で外部から激しい働きかけを受けたと訴える教育委員もいる。」というのが,本年8月4日横浜市教育委員会での一委員の発言を指すのであれば,誤解を生むであろう。

彼は育鵬社反対派からの働きかけがあったなどと特定してはいない。

しかるに,反対派の動きについて述べた後に「実際、電話や手紙で外部から激しい働きかけを受けたと訴える教育委員もいる。」などと書けば,反対派が「電話や手紙で外部から激しい働きかけ」をしたものと理解されるだろう。

こうした記述は報道機関にふさわしくない。

 懸念されるのは、自虐的な内容の教科書が多くなることだ。

育鵬社自由社以外の教科書も,政府見解(いわゆる河野談話,村山談話,小泉談話,安倍談話)の範囲を逸脱するような史観のものは存在しない。

これら教科書を「自虐的な内容」と評価するなら,「自虐的な内容」こそ日本政府が全世界に宣明した公式見解である。

したがって,「自虐的な内容」のない教科書こそ,本来検定合格させてはならない教科書である。

 今回の教科書検定では、「新しい歴史教科書をつくる会」が主導した自由社版の歴史教科書が不合格となった。育鵬社版と同様、自国への愛情を育むことを編集方針としていたが、採択のスタートラインにすら立てなかった。

これも冒頭と同じ論理展開。

検定不合格となった理由は,「自国への愛情を育むことを編集方針」としていたからではなく,誤りないし誤解を生みかねない記述が多数あったためである。なお,私は教科書検定における一発不合格制度は反対だ。

 一方、不適切な「従軍慰安婦」の呼称をはじめ、ことさら自国をおとしめるような記述が検定にパスしている。自虐史観からの脱却を図る教科書改善の流れに、逆行しているのではないか。

政府見解ですら認める従軍慰安婦について記述した教科書を,何故に検定不合格としなければならないのか,根拠不明である。

右派は,従軍慰安婦にふれた教科書を採択しないよう圧力をかけ,発行会社を倒産に追い込んだり,記述を引っ込めさせているが,これが「自虐史観からの脱却を図る教科書改善の流れ」なのか。どの口で「静謐」を口にするかと思う。

ちなみに,育鵬社版公民教科書は,「従軍慰安婦」の文言がある唯一の公民教科書である。

こうした中、尖閣諸島を行政区域とする沖縄県石垣市(与那国町と共同採択)は育鵬社版を継続して採択した。領土の記述など内容を重視したものだろう。外部からの働きかけに左右されず、毅然(きぜん)と採択した姿勢を評価したい。

石垣市(与那国町)は,歴史については全員一致で帝国書院を採択している。

石垣市(与那国町)が,育鵬社版公民教科書を採択した理由は,産経新聞の解釈ほどには単純ではなさそうである。

来春からは新しい教科書を使った授業がはじまる。

どの教科書であろうと、子供たちに歴史や文化への愛着を抱かせる授業に努めてほしい。

私がとにかく胡散臭く思うのは,「歴史や文化への愛着を抱かせ」ることを名目に,事実を隠蔽するなどして,戦前日本のあり方を肯定させようとすることだ。

産経新聞にもよい記事はある。

前回2015年の教科書採択に際し,育鵬社版公民教科書が高校入試に不利であることについて自由法曹団が公にしたとき,最初に大きく取り上げてくれたのは産経新聞だった。

滋賀県で社労士が団交に介入したという非弁行為について,報道してくれたのは(検索される限りでは)産経新聞だけであった。

産経新聞にとって,報道とは何なのだろうか?

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