イ 判決ほどの厳格さは不要

2021-12-24

「いじめ重大事態調査委員(いわゆる第三者委員)となる方のために」の連載記事です。目次とあわせ,お目通しください。(小池)

イ 判決ほどの厳格さは不要

 (ア)「いじめ」指導には様々なもの

事実認定してこれに法を適用し金銭を支払わせたり(従わないと強制執行)刑罰を科したりするのが裁判所の判決といえます。

事実認定次第で被告(人)から財産,自由等を強制的に奪う結果につながりますので,事実認定は厳格であり,合理的疑いを超えて立証されない限り(十中八九などといわれます。),事実認定はなされません。

これに対して,学校における「いじめ」「行為」の事実認定はどのように考えるべきでしょうか。

たしかに,「行為」の存在を前提に関係児童生徒に対し厳しく指導する場合には,厳格な立証が必要ともいえますし,さらに「行為」を否定する児童生徒に対して「うそをついてはいけない」と厳しく指導する場合には,さらに厳格な立証が必要ともいえます。

しかし,「いじめ」の指導はそうしたものばかりではないでしょう。

関係児童生徒に対しても,上記のような指導の他,一定の「行為」を前提に「君はそういうけれども,人からはこう見える」「こういう行為があったとしたら,そういうことはしてはいけない」「今回は君とは違うとしても,そういうことはあってはならないよね」といった指導もありえます。

また,一定の「行為」を前提とせずに「最近当該生徒の元気がないけれども,君は何か知っているか」とか,当該児童生徒の名前すら出さずに「君最近どう?何か嫌なことはないか?」という形で働きかける指導もありえます。

さらに,関係児童生徒への直接の指導以外に,その保護者への働きかけもありえますし,学級集団全体に指導するとか,周囲の児童生徒の聴き取り・指導等もありえます。

加えて,席替え班替え等,外的条件を変更することもありえます。

そして,諸々の指導や働きかけに仮に困難があったとしても,当該児童生徒の支援やその保護者への働きかけは欠いてはならないところです。

 (イ)判決ほどの厳格さは不要

要するに,「いじめ」指導には様々なものがありうる以上,学校における「いじめ」「行為」の事実認定は,判決における事実認定のように厳格なものである必要はないと考えられます。

関係児童生徒に厳しく指導する場合ばかりではない以上,十のうち六程度といった一応の確からしさで「行為」を認定するとか,十のうち四,三,二,一とある中で相対的にみてもっともありうる四を採用する形で「行為」を認定するとかいったことは十分可能でしょう。

学校教育法第37条第11項が「教諭は,児童の教育をつかさどる。」として教育の内容を教諭の広範な裁量に委ね,法第23条第3項も「いじめ」への具体的対応を子細に記すことなく学校の裁量に委ねているところ,「いじめ」「行為」の事実認定も「いじめ」対応の一環ですから,「いじめ」「行為」を認定する方向においては,学校の広い裁量が認められるべきでしょう。

一方,「いじめ」「行為」を認定しない方向については,「いじめ」隠蔽防止という立法趣旨からすれば,学校の広い裁量というわけにはいかないと考えます。

 (ウ)「可能性がある」との事実認定

学校における「いじめ」「行為」の事実認定は,事態への対処を目的としているといえます。

そして,「いじめ」「行為」が存在する可能性があれば,何らかの対処は必要であることになります。(もちろん,存在可能性の大小等により対処内容は変わりうるところではありますが)。

したがって,学校における「いじめ」「行為」の事実認定として,仮に「こういう『いじめ』『行為』がある」という事実認定には至らない場合であっても,「こういう『いじめ』『行為』が存在する可能性がある」という形の事実認定はありうるところでしょう。

そして,当該児童生徒から「いじめ」の訴えがあるのなら,「いじめ」「行為」の存在可能性まで否定できるのは例外的である以上,「こういう『いじめ』『行為が』存在する可能性がある」という事実認定すらなされない場合というのは例外的ということになるでしょう。

 (エ)重大事態調査における事実認定

法第28条第1,2項が規定するとおり,重大事態調査は事態への対処と再発防止のために行われるものであり,学校における事実認定と同様の目的を有するものです。

当然ながら,判決における事実認定のように,被告(人)の責任を追及し財産や自由等を奪うことを目的として行われるものではありません。

上記(イ)(ウ)は重大事態調査における事実認定にも妥当するものといえます。

 (オ)厳格な事実認定を行った調査報告書

法施行後10年近くを経過し,これまでに多くの重大事態調査がなされ,後にもふれますが,インターネット上でも多くの重大事態調査報告書をみることができます。

その中には,当該児童生徒が訴える一つ一つの事実について,判決同様,証拠に基づき詳細な検討を加え厳格な事実認定を行っているものもあります。

これは,調査委員会の多くに,事実認定の専門家的に,弁護士が関与していることが影響しているのでしょう。

その努力については率直に敬意を表するものではありますが,反面,そこまで行う必要があるのか…その事実が認められるか否かで「いじめ」の実態についての判断が異なってきて指導のあり方まで変わってくるというのであれば詳細な検討は必要なのかもしれませんが,そうでなければ,そこまでの必要があるとは限らないように思います。

先に述べたとおり,「疑い」があれば重大事態調査は開始する以上,まともに取り組めば重大事態調査の件数は相当数に上るはずです。

その1件1件で証拠に基づき詳細な検討を加えていたのでは,おそらく重大事態調査は滞留し機能しなくなるのではないかと危惧します。

さらには,厳格な事実認定の結果,当該児童生徒の訴えの多くが欠落して断片的な事柄のみが認定され,これだけでは「いじめ」の実態や児童生徒の「苦痛」が看取しにくいことから,結局「相対的に軽微な事柄でも児童生徒の受け止め方は様々である」「児童生徒の心情への配慮が不足していた」といった内容の報告書になっていると思われるものも見受けられますが,このような調査報告書が事態への対処と再発防止にどのように資するのかというと,疑問があります。

むしろ,判決とは役割が異なることを前提に,「いじめ」「行為」にあたる事実は「可能性がある」というものも含め広く認定した上で,「いじめ」の実態(これは「あったかもしれない『いじめ』の実態」でもよいでしょう。)を踏まえた再発防止策を検討した方が,より「いじめ防止対策」として意味があると思うのですが,いかがでしょうか。

そして,当然のことではありますが,調査報告書が「いじめ」の事実を認定して学校の対応について問題点を指摘したとしても,判決が「いじめ」の事実を認定するとは限らないし,ましてや学校側の過失を認定するとは限りません。

判決と重大事態報告書の役割の相違は改めて強調しておきたいと思います。

 (カ)弁護士関与の陥穽(おとしあな)

重大事態調査とは少し離れた話をさせていただきますが…

弁護士がスクールロイヤー,教育委員会顧問として教育現場に関与する機会が増えています。

法に則った教育ということで,児童生徒の人権を守ったり,教育活動を安全適正なものとする上で有益なはずです。

しかしながら,弁護士が関与することで,「いじめ」対処に問題が生じているのではないかと思われることがあったりします。

すなわち,弁護士が日常関わっている司法というものは,個々の問題につき事実を認定した上でこれに法律を適用し解決するというものです。

そしてその解決には最後は強制力を伴うことから強力な実行力が担保されている一方,事実が認定できない以上何もできないというのが原則となります。

こうした司法的な手法が学校教育に持ち込まれた場合,事実が認定されれば強力な対処となるが,事実が認定できなければ何もしないということにならないかと危惧します。

特に,学校に弁護士が関与する上で期待されているのが,いわゆる「モンスターペアレント」対処であったりするところ,「モンスターペアレント」とされる事案において弁護士が学校・教育委員会側で登場し,「事実が認定できない以上対応できない」として,「モンスターペアレント」の要求をばっさり切る,という役割を果たしていないかを危惧しています。

上記に述べたとおり,教育の現場は司法とは異なり,事実が認定できないからといって何もできないわけではなく,「事実が認定できない以上対応できない」として,「モンスターペアレント」の要求をばっさり切るという手法がとられているとすれば問題だと思います。

「モンスターペアレント」の「不当要求」というものが本当にあるのなら,それは事実認定で切るのではなく,あくまで教育論として対処する,そして教育論を法的に裏付けるのであれば裁量論(教育のあり方やいじめの対処について法は基本的に学校の裁量に委ねています。裁判所は教育現場が専門的見地で悩み抜いて出した結論について「裁量権の濫用」として責任を認めることはまずないでしょう。)で対処する方がよいのではないでしょうか。(「モンスターペアレント」に関しては,また後でも言及します。)

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